活断層がなくても怖い泊原発・1999年東海村臨界事故の被害者は - Various Topics 2

リテラ北海道地震にかこつけホリエモンらが「泊原発を再稼働させろ」の大合唱!でも泊原発下には活断層http://lite-ra.com/2018/09/post-4235.html

活断層の問題がなくとも泊原発は・・・ホリエモンたちは、「プルト君」という動画をつくるような北電を信用しているのでしょうかね。

(動画が消される可能性がありますので、お早目にご覧ください)

頼れる仲間https://www.youtube.com/watch?v=WoAXpM94f2k泊原発のデータ改ざん事件ももみ消されてままでしたか・・。

藤原節男さんのケース−原発業界のResponsibilityとはhttps://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/207af2108faa0ce287d5990fc37f76fe

藤原節男氏の東京新聞の記事https://blog.goo.ne.jp/afternoon-tea-club-2/e/a68062598d622b6d8ad8d15535932376

こちらは2001年の東海村臨界事故の被害者の治療の記録のNHKドキュメンタリ―を書き起こしてくださっているものです。

北電の動画を見てからどうぞ。

ブログ「風の谷」NHKスペシャル 被曝治療83日間の記録 〜東海村臨界事故〜 (2001年)https://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/a4ff2290232f8573e9d639dda089c729

東京大学附属病院救急部集中治療室。1年半前、ここで世界でも前例のない治療が行われました。およそ30年にわたり救急医療に携わってきた前川和彦さんです。

前川医師はそのときはじめて大量の放射線を浴びた被曝患者と出会いました。

ニュース 「株式会社JCO東海発電所の被曝並びに事故につきまして3名が被曝をして・・・」東海村の核燃料加工施設で起きた臨界事故では、二人が大量の放射線を浴びて亡くなりました。

日本の原子力施設の事故ではじめての犠牲者となった大内久さん。浴びた放射線は、一般の人の年間許容量のおよそ2万倍にも達していました。

大内さんの治療を行った医療チームです。最新の医療技術をすべて投入し、未知の治療にのぞみました。

(中略)

東大病院 事故発生当日 

その日、救急医療が専門の前川医師のもとに事故発生の一報が届いたのは昼過ぎでした。

前川医師「東海村で何か起こったらしいということを聞いたもんですから、テレビを見まして、それで初めて東海村で何か大変なことが起こったということを知りました。最初ちょっとやっぱり、大変なことかなということをうかがわせたのは、放医研に運び込まれた時に、テレビのニュースなんか見ますと、放医研の人たちが完全に防護服を着て、防護マスクをして、搬入されてるっていうところを見たものですから、ひょっとするとかなりの汚染があるのかなということは疑いました」

大量の放射線を浴びた大内さんは、最新の治療を受けるため東大病院に移されました。被曝医療の専門家グループで中心的な役割を果たしていた前川医師が医療チームのリーダーになりました。

前川医師「大内さんが浴びられたと推定される線量っていうのは、これはもう致死的であるということは誰の目でも明らかだったと思います。とは言え、その時点で目の前にいらっしゃる大内さんは非常にお元気ですし、どこから見ても高線量の被曝をされたっていう印象はないぐらいのお元気な方ですから、できるだけのことはやろうと・・」

初めて受け入れる被曝患者は看護師たちの想像とは全く違っていました。

看護師「先生が下から上に連れてきてICUの中で会ったんですけど、そのまま個室にストレッチャーで普通の入院患者さんみたいに入ってきて、1日で一気に日焼けをしちゃったぐらいの赤さを帯びてて、手がすごい腫れてて、そっちが痛いっていうふうに言ってて・・」

看護師 「死なずに済むというか、退院できる状態になるんじゃないかなってその時は思いました・・」

(後略)

全文リンクからどうぞ。