諸国の民族について

エレミヤ書46章1節

諸国の民について、預言者エレミヤにあった主のことば。

この章では、

エレミヤの生涯の中盤にあったと言われる、

バビロンからのエジプトへの侵攻が書かれている。

この出来事は100年前にすでにイザヤが言及しており、

エゼキエルもまたこれを預言していた、

とハーレーの聖書ハンドブックには書かれている。

エレミヤはエジプトに下って生き延びようとする民に、

バビロンへ捕囚とされることこそが、

あなたたちの生きる道だ

と警告を発し続けた。

しかし民の一部はその言葉を退け、

そこへ行けば安全で安心で豊かに暮らせるだろうという、

自らの嗅覚直観感情に従って、

エジプトに下っていった。

エレミヤの預言は成就し、

エジプトはバビロンに滅ぼされ、

そしてエジプトに下ったイスラエルの民は、

エジプトもろとも滅ぼされた。

エレミヤにいあった主のことばが、

諸国の民についてというものであったことに、

私は今日改めて思い至った。

ギリシャ語のエスノスという言葉は、

国や民族と訳され、

神は新約にも旧約にも、

この国民族というモチーフを多く用いられている、

とダローミラーの本で読んだ。

エス様もマタイ28章で、

すべての国を弟子とせよと言っている。

預言者は国について、

諸国の民族について、

語らねばならない。

つまり預言者エスノスという切り口を、

持っていなければならない。

文化人類学者という人は、

20世紀、21世紀に、

存在感を増しているように思われる。

レィストロース、柳田国男、インマニュエルトッドら、

彼らは、経済や国家や政治や文化や宗教といった枠組みを、

さらにメタ化するような、土着の民族という角度から、

新しい世界像を提供してきた。

預言的な働きをする上で、

民族という切り口、

エスノスという語り口は、

とても大切なものだ。

今度は民族について学ぼうと思う。