リメンバー・ザ・エイティーズ - 遅れ先立ち 花は残らじ

副題に「マガジン文化の時代を回顧して」とあるとおり、マガジン文化全盛期であった80年代を振り返っての記述となる。

「なにが欲しいのかじぶんでもわからないままに「豊かな生活」「おいしい生活」にふりまわされる消費者の「悲鳴のようなもの」がそこにはあった」けれど、「記号ゲームの外へ、モードの外へ出ることの不可能性を思い知らされた」数々のコピーが生まれたことは評価すべきではないかと論じられる。

このような突き放したというか、鳥瞰的な視点を得ることが、いわば大人になるということであろうが、何が欲しいか分からないけど、何かを欲しなければならないというモードの中に自分がいるという把握の仕方は、どのような条件の下で可能になるのであろうか。よく分からないが、突き詰めていけば、一人の個人に複数の人格が同時並行して存在することを仮定しなければならなくなるのではないかと、これは直観である。同時並行なので、いわゆる多重人格ではない存在の仕方であるが。